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自信に変わった受賞の喜び
仕事に、次作に明日を拓く
―前回受賞者の「いま」を訪ねて

制作中の次回応募予定の作品を手に持つ鈴木さん 表彰式の様子

制作中の次回応募予定の作品を手に。
前回の表彰式は絵のモデルの和之さんと出席

次回はサッカーをテーマに

 応募前の作品を、ちらっとのぞかせてもらった。前回の表彰式会場で「チャレンジしたい」と話していた通り、サッカーの絵だった。

 宮城県仙台市の南隣、柴田郡で自衛隊勤務の夫・和之さん、中学生の長女梓心(あずみ)さんと暮らす鈴木綾子さん(48)は、体調に変化を起こしやすい冬場を乗り越えて、創作にはげんでいた。白い画用紙に描かれた絵の全容はまだはっきりしないが、サッカー日本代表と海外クラブでプレーする現役選手の姿。前作と同様に派手さはないがしっかりとしたタッチだ。「いま先生がお怪我をされて、すこし制作が止まっているのですが、次も上位を狙えるようにがんばります」と朗らかに笑う。緊張と興奮で顔を紅潮させていた受賞時に比べると、その顔からはほのかな自信が感じ取れた。

 グランプリ受賞は予想外だった。かつて各都道府県の優秀作品を選ぶ損保ジャパン賞を受けたことがあったが、上位入賞は初めて。グランプリ受賞の知らせを受けた電話口で、泣き出してしまった。受賞作は『国体優勝の夫』。独身時代の夫が国体の重量挙げ競技で優勝した姿を、古いアルバムに貼られた一葉の写真から描き起こした。知り合う前の光景のはずなのに、夫婦で障がいに向き合った日々の重みが浮き上がってくる。そんな不思議な作品だった。絵を描き始めて5年、絵画教室に通い始めて1年足らず。審査委員長の櫛野展正さんは「障がい者アートに多い空想を描いた作風とは真逆で写実的だが、構図も色合いもいい」とうなった。

 42歳のときに首の後ろのできものを放置していたことから、脊髄髄内腫瘍を発症した。車いす生活が必要になり、右利きを左利きに変えなければならなくなった。夫と二人三脚で取り組んだリハビリの一環が、支援施設で出会った絵画だ。風景画から始め、2024年には教室に通い始めた。人物画を描く自信がなかなか持てなかったが、夫の写真を目にして自然と手が動いた。水彩にアクリルも重ねて仕上げ、金的を射止めた。住まいがある柴田町の広報紙には晴れ姿が掲載された。

 受賞は自信と前向きな姿勢につながり、地元の公的施設の命名募集に応募して採用されるという出来事も。近くの駐屯地に勤める夫の仕事は管理職に就いて多忙だが、その合間を縫って家族3人で、スポンサーのどろんこ会グループが水田を持つ新潟県までロングドライブに出かけ、海鮮丼を味わった。創作の下地にあるのは確かな家族愛でもある。

 次なる挑戦は、ほとんど描いたことがない家族以外の人物の作品ということになる。先日、宮城スタジアムでベガルタ仙台の試合を観戦し、選手のダイナミックな動きを目に焼きつけた。体調が安定し、制作に集中しやすい夏の間に完成させ、再び応募するつもりだ。

星座のぬいぐるみの絵を前に笑顔を見せる新井さん 表彰式の様子

星座のぬいぐるみの絵を前に。
昨年の表彰式では憬れの高橋陽一さんから賞を受けた

『ルミナリエ』の動画を制作

 中学から打ち込んできた剣道を描いて準グランプリを受賞した兵庫県在住の新井郁海さん(20)は、地元のエコロジー企業に勤めながら創作に打ち込む日々だ。勤め先の広報誌にカットやイラストを描くほか、動画制作や編集にも取り組む。今年1月には神戸の光の祭典『ルミナリエ』のPR動画を制作した。大好きなアニメにも通じる職を得たのは、高等支援学校に視察に来た地元の経営者の一人が、新井さんの作品に目を留めたことから。新井さんの母校での絵画教室で、少女のころから新井さんを指導する山村実さん(74)は言う。「この数年でぐっと腕を上げた。手を組み合わせて描く作風で神戸のコンクールで入賞したことが、きっかけになったのかもしれません」

 自閉症の診断を受けたのは、小学校入学後だった。その頃から、母親の真理子さんに与えられたさまざまな画材を駆使してきたキャリアが、オイルペン、筆ペン、鉛筆を使い分けて剣道と桃太郎を大胆に描き出した受賞作『最終決戦』を生み出した。今回、訪ねた山村さんのアトリエでは、星座をぬいぐるみにして描くという独創的な作品群に取り組んでいた。ぬいぐるみが主人公のホラー映画に刺激を受けたと話す。「最初は怖がっていたのですが」と真理子さん。恐怖感をクリエイティブに変える感性が、他人には想像のつかない世界観を生み出す。

 週に半分ほど勤務先で働き、残りの時間で創作に充てる。パラリンアートカップには再び挑戦する予定だが、どんなテーマが新井さんの世界に舞い降りてくるのか。社会人として世間との新たな接点を重ねる体験が、新たなイマジネーションを生み出すような気がする。「絵は自分が自分でいられる場所。リアルと空想を組み合わせる自分らしい絵を描いていきたい」という思いで、今日も仕事に、創作に手を動かし続ける。

取材・文/伊東武彦

Doronkoパラリンアートカップ2025
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