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安心・安全を中山間地から
「どろんこ米」が届ける力
―協賛社賞副賞の産地・新潟県南魚沼市を訪問

標高400メートルを超える水田で作業するスタッフ

標高400メートルを超える水田で作業するスタッフ

給食用に減農薬米を育てる

 冬場はスキーやスノボ客でにぎわう中越地方の玄関口、越後湯沢駅から北東に向かうと、開けた盆地いっぱいに水田が広がる。越後、三国の両山脈にはさまれた魚沼盆地にある南魚沼市は、米どころの新潟県でも有数の稲作地だ。豪雪地帯として知られ、夏冬、昼夜の寒暖差が大きい上に、豊富な雪解け水にはミネラル分が多く含まれる。米作りには最適な自然条件の下、585平方キロメートルの市域で、大小の米農家が年間2.5万トンのコシヒカリを生産する。
「Doronkoパラリンアートカップ2025」で「どろんこ賞」の副賞として受賞者に贈られる「どろんこ米」の産地を訪ねた。

 南魚沼市でも良質の米が取れる魚野川流域の塩沢地区に本社とライスセンターを構えるのが、2013年、どろんこ会グループ内に農業生産法人(現在は農地所有適格化法人)として発足した株式会社南魚沼生産組合 (https://www.minami-uonuma.jp/)だ。「安心・安全」な米の生産を目指し、通常は田植えから刈り取りまでの工程で4回使う除草剤を原則2回に抑制。農林水産省指定の特別栽培米とほぼ同じ条件で生産する一方、機械作業が困難で休耕地や放棄地も多い中山間地にも作地を広げて減農薬のコシヒカリを栽培する。一部では有機肥料のみの稲作にも挑戦しており、手作業が増えるのに対して収穫量も減るが、モットーである「安心・安全」にこだわる理由は一つ。ここで大切に育てられた米は、全国のどろんこ会グループの施設に通う子どもたちの給食用に送り出されるからだ。

 保育園や児童発達支援施設を利用する子どもの健康を第一に考え、12年前に0.6へクタールの農地で始まった減農薬米の自給自足は、グループ内施設の増加とともに現在は45ヘクタールに広がり、当初目標の倍にあたる100ヘクタール規模を目指す。昨年は 102トンを給食用に生産し、2025年は25%増を見込む。「施設がどんどん増えるので、需要に応えるのは大変ですが、子どもたちのためです」と取締役の外谷望さん(51)。10年前に畑違いの森林関係の職から転じ、現場のリーダーとして米作り全体を管理する。

「やや遅れ気味」と話す田植えに励む外谷さんら 中山間地の水田からは遠方に雪山を望む

「やや遅れ気味」と話す田植えに励む外谷さんら。
中山間地の水田からは遠方に雪山を望む

中山間地を積極的に活用

 外谷さんらスタッフ10人で抱えるフィールドは大きい。農地はライスセンターを中心にして市内の約9平方キロメートルに点在し、一之沢地区と栃窪地区は18キロ近く離れている。「ここまで広範にやっているところは南魚沼全体でも他にはないはず」と外谷さん。その活動の大きな意味は、農地の多くが農業人口の減少および高齢化で手が及ばなくなった中山間地に位置することにある。2023年には盆地の西側にある山間地に作地を持つ法人を引き受けたばかり。跡継ぎがいない農家が持つ農地の地主から声がかかり、地元への謝恩も込めて引き受けることも少なくない。現在、法人全体で持つ農地のうち8割が、耕作条件が厳しく地元の農業法人も敬遠する中山間地にある。

 田植えが佳境の6月上旬に現地を訪ね、標高500メートル近い農地まで車で登った。いくつものカーブを縫う山道の途中に現れた水田は青い空と白い雲を映し、トラクターの向こうには遠く雪山が見える。外谷さんは早くも真っ黒に日焼けした顔を引き締め、「今年はやや遅れ気味」という田植えに取り組む。今年の冬は雪が多く、春先の作業のスタートがやや遅くなった。5月中旬に始まった田植えは約1カ月続く。

 米作りは自然との闘いだが、中山間地には平地と比べてより多くの問題が横たわる。ミネラル分を多く含有する雪解け水に恵まれる一方で、畦に勢いよく茂る雑草は傾斜の関係から除草機による作業が難しい。田植えが終了した直後から6月末まで、続いて7月中旬から下旬、最後に8月中旬から下旬と、計3回の草刈りをパートの人々も含めて12人ほどでこなす。この期間、出勤時間は早朝の5時。気温が上がり効率が低下する日中の作業を避けるためで、午後1時には退勤する。水田の外にも除草剤を使用しないのは、あぜ道が柔らかくなり、使い物にならなくなるからだ。

 標高が上がるほど清水が多くおいしい米の生産が可能になるものの、雪や雨量が少ない年には取水ができず、軽トラックに500リットルのタンクを積んで運ぶこともある。水の管理は米作りにとっての命綱だけに、毎日の目視が欠かせない。平地の数倍は人手がかかる中山間地での農作が「割に合わない」と言われるゆえんだ。しかも一度耕作放棄地になると水田に戻すのは難しい。日本全体の農地の4割近くは中山間地にあると言われ、「どろんこ米」の生産は日本の原風景の棚田を守る意義と同時に、農業の未来への挑戦でもある。

一之沢地区は文字通り沢沿いに細く水田が続く ライスセンター

一之沢地区は文字通り沢沿いに細く水田が続く。右がライスセンター

一之沢地区は文字通り沢沿いに細く水田が続く。
下がライスセンター

子ども向けに農作体験も実施

 8年前にできたライスセンターは広大な農地で展開する生産の拠点で、植え付けから精米、発送までをセンター内で一括して行う。劣化を防ぐために精米は週に2回の発送の直前に行い、1時間に4俵分を精米するマシンがフル回転する。そんな米作りの過程をどろんこ会グループの首都圏の園児、保育士などの職員、保護者などが実際に体験する日がある。どろんこ会グループが地元の旅館組合との協働で20年以上続ける「田植え・稲刈りツアー」の一環だ。コロナ禍によって2020年からの2年間は中断したが、22年の春には復活して700人近くの子どもが参加。今年も5月から6月に計9回の田植えツアーを実施しており、秋には稲刈りツアーも予定されている。

 どろんこ会では、年間を通して屋外で遊ぶことが食欲を増進させて心身ともに健康な体を育てるという理念の下、日課として畑仕事を取り入れているが、その他にも数多く行う課外活動の一環でもある。今年の田植えは、子どもたち約700人が参加した5月の体験ツアーを経て、6月中旬に代表者も含むグループ職員の参加をもって無事に終了した。

どろんこ米のおにぎりを頬張る希さん お米を一緒に食べる愛犬の絵と成田さん

どろんこ米のおにぎりを頬張る希さん。
お米を一緒に食べる愛犬の絵と成田さん

副賞の賞品として創作の糧にも

 東京都調布市の佐々木希さん(10)の自宅食卓には、2025年の年頭からつやつやと輝く白飯が並ぶ。「Doronkoパラリンアートカップ2024」で受賞したどろんこ賞小学生以下部門の副賞として贈られた「どろんこ米」だ。母親の真紀さんが言う。「冷めてもおいしい。育ち盛りなので、毎月お米が届くのを心待ちにしています」

 受賞作はダウン症がわかった幼少期から続ける水泳をする自分の姿を描いた『すいすいおよぐ』だった。絵画は幼いころからの習慣で、今年1月の誕生日に10歳を記念して真紀さんが作った詩集に添える挿絵を希さんが担当した。3年前には希さんの描いた絵を地域の人々に観てもらいたいという思いから、地元のコミュニティスペースで展示会を開いた。少しでも希さんの存在を知ってもらうことが、地域の人々に見守られて育つことにつながるという両親の思いからだ。「障がい者は家族もふくめて外に出る機会を持ちにくい。同じ悩みを持つ方々の希望になればという思いもありましたが、実際に面識のない親御さんに『明るい希望を持てた』と言われました」と真紀さん。副賞の「どろんこ米」一俵の一部は周囲への恩返しの気持ちから、2歳から通った療育施設に給食用にと寄贈したという。

 初めての応募作を対象にしたどろんこ賞パイオニア部門を受けた宮城県仙台市の成田真梨菜さんは6月に東京・銀座で個展を開いた。もともと国内外のギャラリーの展示会に参加する一方で県内の医療施設に絵を提供するなど、活躍の場は広いが、都内での個展は初めてで、持ち味の動物の世界をテーマに14作を飾った。「受賞のおかげで今回の個展にもお声がかかり、取材も増えました」と成田さん。個展2日目のギャラリーを訪ねると、およそ半分の作品に売約済を示すシールがついていた。

 1カ月に一度届く「どろんこ米」を炊いて、愛犬と一緒に口にするのが成田さんの日課だ。「宮城も米どころですが、このお米は甘くてもちもちしていてとてもおいしいし、減農薬なのも安心。犬も味がわかるみたいです」。これからの夢は、商品化などで自分の作品が世に広まること。ごはん一粒一粒が創作の文字通りの糧になる。

 南魚沼盆地全体に広がる水田に青々と稲が伸びる夏がきた。日本一おいしく、安心安全な米をめざして収穫まで一日たりとも気が抜けない外谷さんたちのスタッフの力になるのは、数年前に保育園を訪ねたときに目にした茶碗を手にした子どもたちの明るい顔だ。「家で食べる米よりずっとおいしい」と話す子どもたちの声もスタッフたちの耳に届く。
「天候に左右される米作りですが、秋に予想以上に収穫があったときは本当にうれしい」
今日もスタッフは朝5時からの草刈りに励む。

取材・文/伊東武彦(スタジオ・モンテレッジォ)

Doronkoパラリンアートカップ2025
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