お気に入りのラベルの製品を手に。右から2人目が松永さん
バス通りからすこし入った栗林の手前にある階段を上がると、道の向かい側にある損保会社の社員や地域の人たちが薬膳スパイスカレーとトレーサビリティのとれている高品質なコーヒー豆を目当てに集うカフェがある。間接照明が灯るエントランスには、「Doronkoパラリンアートカップ2024」の受賞作の原画が。開店前のカフェスペースでは、3つのテーブルに分かれて『ドリップバッグ12個 Doronkoパラリンアートカップ2024version』の商品作りの作業が行われていた。
焙煎度が異なる6種のコーヒーが楽しめるギフトセットの商品ラベルは、「Doronkoパラリンアートカップ」の上位入賞作から作られた。グランプリ以下の12作でワンセット。10人ほどが参加する作業はそれぞれの持ち場に分かれて進められる。最初のテーブルでコーヒーを定量ずつ詰め、次にパッケージに入れ、最後のコーナーで裏表のラベルを貼っていく。どの顔も集中して真剣だが、会話と笑いも時折起きる。朝10時からカフェが開く昼前までの業務だ。
就労支援施設に一般向けのカフェを併設した東京・西東京市の『就労支援つむぎ 武蔵野ルーム』は2022年7月に開業した。認可保育園・児童発達支援施設・事業所内保育所等 の運営をしてきたどろんこ会グループにとっては、初めての社会人向けの就労支援施設だ。利用登録者は30人。一日の定員は20人で、常に18人ほどが集まる。
利用者の年齢は10代から60代までと幅広い。仕事はコーヒーのパッケージ作りや縫製などのクラフトワーク、隣地の栗林での農作業、そして併設した『TSUMUGI CAFE武蔵野』での業務がある。ランチで一日、20食ほどが出る2種のカレーを厨房で調理し、ホールでサーブするのが主な仕事だ。
3つのテーブルに分かれての作業。それぞれ希望に応じて業務に取り組む
利用者は朝、来所するとホワイトボードに自分がやりたい仕事を選んで記入する。たとえば午前はコーヒーの作業、昼からはカフェの厨房作業、といったぐあい。「その日の体調や気分によって、自由に仕事を組み合わせられるよう柔軟にしています。業務のバランスが偏るときにはスタッフがサポートに入ります」と施設長の松永宜子(たかこ)さん。松永さんは特別支援学校の中学生担当教員だったが、2014年にどろんこ会に転職し、未就学児対象の発達支援つむぎの施設長として勤務。3年前、「社会に出て働くところまで障がい者のサポートをしたい」という思いから、『就労支援つむぎ 武蔵野ルーム』の開所と同時に責任者として異動した。「社会に送り出して終わりではなく、その後のケアが大事」と話し、施設を離れた後の利用者にも心を砕く。
施設の特徴は、グループ内の就労を意識した数々の工夫だ。カフェ向けにカレーやパウンドケーキなどを作る厨房は、設備などのハード面に加え、器具の色分けなどのルールをグループ内の保育施設などと統一。また縫製の課題もグループ内のクラフトサポート部で作られているエプロンや雑巾と同じクオリティで組まれている。松永さんは言う。「施設はどこも利用者が出たり入ったりの繰り返しに悩んでいます。グループ内の就労の仕組みが進めばそもそもミスマッチは防げるし、就職先で問題が起きたときに対処の方法などの情報を共有できます」
昨年はグループ法人の株式会社南魚沼生産組合が経営する「スナックつむぎ」で、武蔵野ルームの利用者の一人が実地トレーニングを始めた。同店は、ランチ営業でどろんこ米を使ったカレーやコーヒーを提供し、利用者が武蔵野ルームで培った接客経験もとに実地トレーニングをしたり、働いたりできるようにと、廃業を考えていた前の経営者から引き継いで開いた。どろんこ会グループスタッフの福利厚生の場でもある。銭湯や駄菓子屋などとともに、スナックという日本の貴重な文化を残したいというグループの発想で経営する場が、就労支援と雇用を通した人の循環を生み出している。
採光豊かなカフェの店内。入口には前回受賞作の原画が
パラリンアートカップ受賞作ラベルのギフトセットを作る作業は、3月に始まった。12種類の絵は、どれも個性的で彩り豊かなものばかり。それまでの商品のラベルも6色で色とりどりだったが、作業開始から500個近いセットを作ってきて、利用者各自にお気に入りの1枚ができた。松永さんは「どの絵も特徴があるので、作業の間の会話の話題にもなっていました」と話す。慎重に手を動かしてパッケージの裏面にラベルを貼っている女性に「作業は難しくないでしょうか」と尋ねた。「いままでの作業での経験があるので、慣れてしまえば、大丈夫です」。そう答えた女性の手は寸分の狂いもなく正確にラベルを貼り付けていく。
ギフトセットはオンラインショップで販売されるほか、グループ内の贈答品としても使われ、売上の一部が絵の作者に還元される。障がい者が描いた絵が、毎日の作業を社会への一歩にしようとする障がい者の日々に彩りを添える。そんな輪を、現役のトップアスリートが協力するアートコンテストがつないだ。
作品を募集中の「Doronkoパラリンアートカップ2025」の上位作も、ラベルに採用される予定だ。
取材・文/伊東武彦(スタジオ・モンテレッジォ)
紹介した商品のオンラインショップhttps://docoffeeroastery.jp/で購入できます。通常ラベル版は東京都西東京市のふるさと納税返礼品にも選ばれています。